白鵬氏「外から相撲に貢献する」
2025/06/09 (月曜日)
スポーツニュース
元横綱・白鵬翔氏が会見 「相撲に愛され、相撲を愛した25年でありました」
白鵬氏は「相撲に愛され、相撲を愛した25年でありました」とまずあいさつ。「私、白鵬翔は日本相撲協会を退職し、新たな夢に向かって進むことを報告します」とコメント。「今の自分のおかれている状況から、外から相撲に貢献すると判断して、自分で退職決めました」と相撲協会の外の立場から相撲発展にまい進すると誓った。
大相撲史上最多となる45度の優勝を誇る元横綱・白鵬翔氏が、2025年6月9日付で日本相撲協会を退職しました。当日は都内で記者会見が開かれ、「相撲に愛され、相撲を愛した25年だった」と述べるとともに、外部から相撲発展に貢献する決意を表明しました。本稿では、白鵬氏の現役時代の功績や年寄としての歩み、協会内での処分を経た背景、今後の構想である「世界相撲グランドスラム」創設計画などについて、歴史的経緯とともに詳しく解説します。
白鵬翔は1985年3月11日、モンゴル・ウランバートル生まれ。2001年春場所で宮城野部屋から初土俵を踏み、2004年夏に新入幕を果たしました。2007年夏場所後に史上71人目の横綱昇進を果たし、その後も長くトップに君臨。史上2位タイの63連勝や、史上最多タイの7連覇を含む通算45度の賜杯獲得は、まさに未曾有の偉業です。2019年には帰化して日本国籍を取得し、日本人横綱としても名を刻みました。
現役引退後の2021年秋場所後に年寄「間垣」を襲名し、翌22年7月に「宮城野」を襲名して宮城野部屋を継承。弟子の育成に乗り出しましたが、元幕内力士・北青鵬による暴力問題が発覚し、協会から2階級降格の処分を受けて部屋閉鎖に追い込まれました。弟子とともに伊勢ケ浜部屋へ転籍したものの、ここに至るまでの苦難は少なくありませんでした。
白鵬氏自身は、協会内での役職や序列が変化する中で「自らの立場では相撲の発展に最大限貢献できない」と判断。従来の親方業を離れ、外部の立場から新たな視点で相撲文化を広げる道を選びました。6月2日には声明を発表し、「相撲の価値と魅力を次の世代へ伝える」と宣言しています。
記者会見で最も注目されたのが、白鵬杯少年相撲大会を発展させる形で創設を目指す「世界相撲グランドスラム」という国際大会構想です。世界各国の相撲協会やアマチュア団体と連携し、ジュニアからシニアまで階級別の世界選手権を開催。相撲の普及と競技レベルの底上げを図る新たなプラットフォームとして国内外に発信していく予定です。
退職に対して協会関係者からは「長年の功績に深い敬意を表す」という声が聞かれる一方、相撲文化の伝統と革新をどう両立させるかという課題への期待も高まっています。ファンやマスコミからは、横綱としての実績と指導者経験を生かし、相撲界に新風を吹き込む可能性に注目が集まっています。
白鵬氏の退職は、相撲協会の人事や部屋制度の在り方に大きな影響を与えます。特に、暴力問題を契機とした処分の是非や透明性の確保、部屋継承の仕組み見直しなど、協会改革への議論をさらに加速させることは間違いありません。また、国際大会構想が実現すれば、相撲のグローバル展開や競技人口拡大の新たな契機となるでしょう。
史上最多45度の優勝を成し遂げた横綱・白鵬翔氏が日本相撲協会を退職し、外部から相撲文化の発展に取り組む決意を固めました。年寄としての試練を乗り越え、少年相撲の大会を国際大会へと拡大する「世界相撲グランドスラム」構想など、その今後の活動には大きな期待が寄せられています。相撲界は伝統と未来の狭間で新たな展開を迎えようとしています。
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