大橋穣さん死去、プロ野球阪急の黄金期支えた名遊撃手 3年連続日本一に貢献
2025/07/28 (月曜日)
地域ニュース
東京・日大三高から亜細亜大に進み、東都大学リーグで当時最多の通算20本塁打を放った。1969年にドラフト1位で東映(現日本ハム)に入団し、強肩、堅守で1年目から遊撃の定位置を獲得。72年からは阪急でプレーし、守備の名手として75年からのリーグ4連覇と3年連続日本一に貢献した。
打率は2割前後にとどまるシーズンが多かったが、ダイヤモンドグラブ賞(現ゴールデングラブ賞)に7度輝き、ベストナインにも5
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