襲われるラッコ 見守るしかなく
2025/06/15 (日曜日)
地域ニュース
鳥インフルにシャチ 霧多布岬の野生ラッコ受難続く 明治の法律で保護捕獲などできず
2025年4月、北海道浜中町の川口付近海岸で回収されたラッコの死骸から、高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)ウイルスが国内で初めて検出されました。その後5月下旬には、同町の霧多布岬周辺に生息する母子のラッコ2頭がシャチの群れに襲われたとみられ、いずれも行方不明となる事態が起きています。これらは国際自然保護連合(IUCN)レッドリストで絶滅危惧種(EN)に指定されたチシマラッコ亜種の受難を象徴し、繁殖地かつ地域の観光資源である浜中町では「貴重なラッコを人の手で守れないのか」との声が上がっています。しかし、日本では1912年制定の「臘虎膃肭獣猟獲取締法」により、野生ラッコの捕獲・保護措置が制限されており、現状は見守るしかないのが実情です。
ラッコ(Enhydra lutris)はイタチ科に属し、海藻が繁茂する岩礁域を生活圏とする海棲哺乳類です。北太平洋沿岸に3亜種が分布し、北海道東部~千島列島に生息するのはチシマラッコ亜種。ウニや貝類、カニ類を食べることで海藻の過剰採食を抑制し、ケルプ(海藻林)生態系を維持する「キーストーン種」として知られます。北海道東部の野生個体数は根室~釧路地域で約50頭程度と推定され、霧多布岬周辺には10頭前後が定着しています :contentReference[oaicite:0]{index=0}:contentReference[oaicite:1]{index=1}。
2025年4月22日、浜中町藻散布地区の海岸で通行人が発見したラッコの死骸から、環境省が実施した検査でH5亜型高病原性鳥インフルエンザウイルスが検出されました。国内の野生ラッコでの感染確認はこれが初めてで、ウイルスは同地域で相次いで死骸回収されたゼニガタアザラシの感染事例とも関連が示唆されています。野生動物調査チームは死骸に不用意に触れないよう注意を呼びかけています :contentReference[oaicite:2]{index=2}。
5月下旬には霧多布岬周辺で、母子のラッコ2頭がシャチの群れに襲われ、観察者がその後姿を見失ったと報告されました。シャチは北太平洋のラッコ生息域で捕食者として知られ、米国カリフォルニア州やアラスカでも同様の捕食記録があります。襲撃されたラッコは長時間潜水後に姿を消すことから、シャチに捕食された可能性が高く、地域の少数個体群に深刻な影響を及ぼしかねません :contentReference[oaicite:3]{index=3}。
日本では明治45年(1912年)に制定された臘虎膃肭獣猟獲取締法により、ラッコおよびオットセイの狩猟や捕獲、皮革製品の製造・販売が原則禁止されています。法令は本来乱獲を防止する目的でしたが、現在は野生ラッコを保護しつつも、生息地からの救護・搬送・飼育なども許可制に縛られ、緊急時に傷病個体を人為的に保護・治療する仕組みが整っていません :contentReference[oaicite:4]{index=4}。
米国では1972年の海洋哺乳類保護法(Marine Mammal Protection Act)により、海洋哺乳類の「take(捕獲・虐待など)」を原則禁止し、緊急保護や科学調査目的での救護・リハビリを法的に認めています。アラスカ州では座礁したラッコの救護ガイドラインが整備されるなど、野生動物救護体制が充実しています :contentReference[oaicite:5]{index=5}。一方、日本では1912年法が現在も骨格として残り、救護許可の柔軟性を欠く点が保存と救護の一体的推進を妨げています。
IUCNはラッコをレッドリスト「絶滅危惧(EN)」に指定し、油汚染や漁業遊具への混獲、病気、捕食圧など複合的脅威を指摘しています。世界的には再導入や国際条約によって個体数が回復傾向にある地域もあるものの、日本のチシマラッコ亜種は依然小規模かつ分断された群れで推移しており、今回のような病気と捕食の連続は野生個体群の維持に重大な打撃となります :contentReference[oaicite:6]{index=6}。
霧多布岬の野生ラッコ観察は地域の観光資源として定着し、エトピリカ基金などNPOがガイドツアーを運営、町外から年間数千人が訪れるほどの人気を集めています。しかし、野生動物の安全確保と観光の両立には慎重な運営が不可欠で、HPAIや捕食事例で観光客の安全意識も高まりつつあります。
浜中町で相次ぐ野生ラッコのHPAI感染確認とシャチ捕食事件は、チシマラッコ亜種の小規模個体群にとって深刻な危機を示しています。1912年制定の旧法に依存するだけでは、病気や外部捕食圧への機動的対応が難しく、見守るしかない現状が続きます。今後は救護許可の法整備、監視・救護体制の強化、地域と観光資源の持続的活用を両立させるための多面的施策が急務です。
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