農相 コメ高騰巡り緊急輸入も検討
2025/06/06 (金曜日)
備蓄米が尽きた場合、外国産米の緊急輸入を検討 小泉農相が明かす
小泉進次郎農相は6日の閣議後記者会見で、高騰するコメ価格を抑えるため、放出している政府備蓄米が尽きた場合、外国産米の緊急輸入も検討していることを明らかにした。緊急輸入は記録的な冷夏となり、国産米が不作となった1993年度に行ったこともある。
2025年6月6日、小泉進次郎農林水産大臣は閣議後の記者会見で、国内で高騰しているコメ価格を抑制するために、政府が現在放出している備蓄米が底を突いた場合には、外国産米の緊急輸入も検討する方針を明らかにしました。具体的には、関税をかけずに輸入できる「ミニマムアクセス(MA)米」に加えて、必要があれば一般の外国産米も緊急輸入する可能性があり、これは記録的な冷夏で国産米が不作となった1993年度にも実施された手法です。また、同日初開催されたコメの安定供給に向けた関係閣僚会議では、価格変動によって農家経営のリスクを軽減する「収入保険」を活用したセーフティーネットづくりも主要な議題となりました。本稿では、今回の発言を中心に、政府備蓄米やMA米制度の仕組み、過去の緊急輸入事例、高騰要因の分析、収入保険の意義、他国との比較などを交えて解説します。
近年、日本国内では燃料費や肥料価格の上昇、作業員不足による人件費高騰など農業経営を取り巻くコストが増加しています。とりわけ2024年から2025年にかけては、世界的な物流コストの高騰や天候不順による生産量減少が重なり、2025年春以降に店頭価格が徐々に上昇してきました。とくに、米卸売市場では2024年度産コメの価格が前年同期比で10~20%前後高く推移し、消費者向けの小売価格も追随して上がっています。
また、2024年の夏は全国的に高温かつ乾燥傾向が続き、秋の稲刈り期にかけて品質低下が懸念されました。さらに、2025年5月以降も一部地域で降雨量が平年を下回る傾向が続き、8月の生育期を迎える時点で生産量が不透明となりました。このため、卸売業者・小売業者の需給予測が立てにくくなり、「在庫を確保しなければ価格がさらに急騰する」という心理から、市場買いが先行して価格が高止まりしている状況です。
政府備蓄米とは、食糧安定供給の観点から農林水産省が保有している過去の収穫米のうち、金融支払いの際に余剰となったものや、消費期限が近づいたものを備蓄用として積み立てたものを指します。2025年6月時点では、約30万トンの備蓄米が残されており、価格安定対策として段階的に市場に放出しています。備蓄米を安価で放出することで、一時的に流通量を確保し、小売価格の高騰を抑える狙いがあります。
しかし、備蓄米は完全に新米ではなく、ある程度の熟成期間を経て品質が落ちるリスクもあります。そのため、国産コメの需給バランスが大きく崩れない限り、備蓄米だけで長期的に価格を抑えることは難しいという制約があります。加えて、備蓄米の放出量を増やすと、農家の収入を間接的に減少させる可能性があるため、放出ペースや価格設定に慎重な調整が求められます。
「ミニマムアクセス(MA)米」とは、WTO(世界貿易機関)協定上、日本が1979年から1994年にかけて「最低アクセス義務」(ミニマムアクセス)を負ったことに基づき、毎年一定量(約76万トン)の外国産米を無関税または低関税で輸入できる枠組みのことです。MA米の利用により、国内コメ価格が高騰している際には安価な輸入米を市場に供給し、消費者価格の上昇を抑制することが可能です。
MA米は、あらかじめ輸入計画が決まっているため、緊急時には一定量を迅速に放出できる制度的メリットがあります。ただし、MA米は品質や品種が国産と異なるため、消費者や卸売業者が「安価だが風味が国産ほど良くない」と評価するケースもあります。また、MA米の輸入量を増やしすぎると、国産米の価格維持や農家の所得に悪影響を及ぼすため、輸入量の調整が難しい面があります。
過去に日本政府が緊急輸入を行った例として最も有名なのは、1993年度(平成5年度)の記録的な冷害です。当時、夏から秋にかけて東北や新潟などコメどころを襲った大冷害により、コメの収穫量が大幅に減少し、市場価格は暴騰しました。その結果、農山漁村地域を中心にコメの入手難・価格高騰が深刻化し、消費者や外食産業に大きな影響を与えました。
政府は1993年8月に緊急措置として、通常のMA米とは別枠で外国産コメを無関税一時輸入し、市場への供給量を確保しました。輸入先は主にタイやアメリカ、オーストラリアなどで、合計約80万トンの輸入が行われました。この措置により、当時の国内市場価格は一時的に安定しましたが、国産農家の反発も大きく、政府との間で補償や調整金を巡る議論が長期化しました。
この1993年度の経験から得られた教訓は以下のとおりです。
2025年6月6日の小泉進次郎農林水産大臣の会見では、上記の教訓を踏まえつつ、次のような方針が示されました。
小泉大臣は「聖域なくあらゆることを考えてコメの価格安定を実現する」と述べ、国産農家と消費者の双方に配慮したバランスある政策運営を示唆しました。また、「収入保険は、万が一の際に農家の収入を補塡するもの」という立場から、加入促進や保険内容の拡充についても議論が進む見通しです。
「収入保険」は、農家がコメを含む主要農作物を栽培する際の収入が、作物価格の下落や収量不良によって大幅に減少した場合に、事前に設定した基準収入との差額を補償する制度です。日本では2019年度から本格運用が始まりました。
収入保険の特徴は以下のとおりです。
小泉大臣は「農家が万が一に備えるための制度であり、加入していない農家に『どうしてくれるんだ』と言われても難しい」と述べ、未加入農家に対して自己管理の重要性を強調しました。実際、2024年度の大規模震災や2023年の台風被害を受けた地域では、収入保険給付の適用を受けた農家が一定割合を占め、被災後の経営回復に寄与したとの実績もあります。
韓国では2002年の米自由化以降、国内産米の需給調整や緊急輸入の実績があります。とくに2008年に起きた米価格高騰時には、韓国政府が100万トンを超える外国産米を緊急輸入し、消費者価格を抑えた経験があります。韓国の緊急輸入では、国産農家への補助金や支援金を同時に拡充し、輸入米の流通を拡張しながら、国内農家へのダメージを最小化する施策を併用しました。
韓国の例では、①輸入量の抑制と②国内生産者への所得保障をセットで行うことで、混乱を最小限にとどめた点が参考になります。日本でも輸入米の投入量を段階的に調整し、かつ農家への支援を拡充すれば、価格安定と農家保護の両立が可能です。
タイやベトナム、インドネシアなどコメ輸出国では、国内価格の高騰・暴落時に政府備蓄米を放出したり、補助金を追加投入するなど、国内消費者保護を目的とした介入が一般的です。たとえば、タイ政府は2020年のコロナ禍でコメ輸出を一時禁止し、市場価格を抑制すると同時に国内農家への対策資金を支給しました。この結果、国内市場価格を安定させつつ、農家の生産意欲を維持することに成功しています。
インドネシアでは2017年の大干ばつにより収穫量が大幅に減少した際、政府備蓄米を放出し、同時に肥料価格の補助金を拡充しました。このように、価格安定政策だけでなく、生産コスト低減に向けた包括的な支援が行われた点が特徴的です。
コメ市場の需給予測は、気象情報、過去の購買動向、在庫量など多数の要素を統合する必要があります。政府としては、都道府県別の作柄情報や農協の在庫データをリアルタイムで集約し、AI(人工知能)を活用した需給予測モデルを構築すれば、緊急輸入や備蓄米放出のタイミングをより最適化できます。また、予測結果を消費者や流通業者に迅速に公開し、市場心理を安定させることも重要です。
収入保険の加入率をさらに引き上げるため、以下のような施策が検討されるでしょう。
これらの支援策により、農家は価格変動や自然災害に対するリスクをより適切に管理できるようになります。また、経営が安定すれば生産意欲も向上し、長期的にはコメ供給の安定化に寄与します。
外国産米を緊急輸入する場合、国内価格に影響を与えると同時に農家の売上減少を招きます。そのため、輸入量や輸入価格の設定においては、国内農家の生活を守るための上限ラインを設けることが求められます。政府としては以下のようなバランス策が検討されるでしょう。
以上のように、輸入抑制と国産保護の両立を意識した制度設計が不可欠です。過去の事例では輸入量が制限されずに大量放出された結果、国産農家が深刻なダメージを受けたケースがあるため、政府としては農家への補償を明確にしたうえで、需給バランスを緻密に調整する必要があります。
小泉進次郎農林水産大臣が「備蓄米放出後も価格が高止まりする場合は外国産米の緊急輸入も検討する」と発言した背景には、物価高騰による消費者の節約志向と、2025年夏に向けて予測困難なコメ需給の不安があります。1993年度の緊急輸入事例が示したように、緊急輸入は価格安定策として有効ですが、同時に国産農家への影響や補償スキームを伴わないと農業生産基盤を脅かす恐れがあります。
今後は、①政府備蓄米とMA米による段階的放出、②収入保険を活用した農家のセーフティーネット整備、③情報公開による需給予測の精度向上、④外国産米輸入時の価格・数量調整と農家補償、という複合的アプローチが求められます。また、韓国や東南アジア諸国の事例と比較すると、日本では農家保護と消費者保護のバランスにいっそう慎重を要するため、セーフティーネットの充実が政策のカギとなります。
最終的には、国内消費者が手頃な価格でコメを入手できること、農家が安定した経営を継続できることの両立を図るために、価格調整策とリスク管理策を一体的に運用していくことが求められます。オリエンタルランドの例とは異なり、食糧安全保障を担うコメ政策では、単なる価格操作ではなく、農家と消費者の生活を支える包括的な制度設計が不可欠です。
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