TOEIC不正受験 日本の試験標的か
2025/06/07 (土曜日)
総合ニュース
甘い確認、日本の試験「ビジネス」の標的か 中国人大学院生のTOEIC不正受験
2025年5月18日、東京都板橋区内のTOEIC(Test of English for International Communication)試験会場において、中国籍の京都大学大学院生・王立坤容疑者(27)が別人に成りすまして受験しようとしたとして、建造物侵入容疑で現行犯逮捕された。警視庁は当日、ICタグ付き受験票の偽造や本人確認書類のすり替えなど、複数の手口を確認。その後の調べで、王容疑者は受験票自体を偽造し、過去の試験でも同様の方法で高得点を取得していた疑いが浮上している :contentReference[oaicite:0]{index=0}。
王立坤容疑者は1998年生まれの中国出身。2023年に京都大学大学院に留学し、国際ビジネスや文化交流を専攻。日本での高いTOEICスコアが奨学金の条件となるケースがあることから、900点以上の高得点取得を狙って何度も受験を繰り返していたという。調べに対し王容疑者は供述を拒否しているが、周囲には「大学院での進級や就職のために必要だった」と語っていたという報道もある :contentReference[oaicite:1]{index=1}。
TOEICは世界160か国で実施され、約14000の企業や組織が採用している国際的英語試験である。日本では約2900の企業や学校が団体受験(IPテスト)を導入し、個人受験(SPテスト)を含めると2022年度には約240万人が試験を受けた :contentReference[oaicite:2]{index=2}。特に日本企業は採用基準や昇進・配属にTOEICスコアを重視し、外資系企業だけでなく国内大手企業でも「600点以上」「800点以上」などのスコアラインを設ける例が多い。
TOEIC日本国内の運営主体は一般財団法人国際ビジネスコミュニケーション協会(IIBC)で、受験料収入の大部分を試験開発元の米国Educational Testing Service(ETS)にロイヤリティ支払いとして納める仕組みになっている。2008年度には約15億円をロイヤリティに支出したとされ、IIBCの収支構造は「受験料収入-ロイヤリティ=運営費および公益事業費」というシンプルなモデルが長年続いてきた :contentReference[oaicite:3]{index=3}。
王容疑者は、本人確認用の身分証明書(在留カード)をマスクや帽子で隠しつつ、他人の写真を貼り替えた偽造受験票を作成。また、複数の中国人留学生と共謀し、同一会場で受験を申し込ませ、当日は“替え玉役”を手配していた可能性も示唆されている。過去の試験でも900点以上を取得した供述があることから、「集団不正」の疑いも視野に入れて警視庁が捜査を進めている :contentReference[oaicite:4]{index=4}。
日本ではTOEIC以外にも、国家資格試験や大学入試で替え玉受験や改ざん事件が後を絶たない。2019年には司法試験の答案偽造事件、2021年には漢検でのカンニング組織摘発が相次いだ。いずれも高い合格率や資格取得が就職やキャリア形成に直結する“学歴社会”の裏で、試験の公平性が揺らぐ事例として社会問題化してきた。
中国では一部の試験ビジネス業者が「代考サービス」を提供し、オンライン試験のID・パスワードを売買するケースが常態化している。TOEICについても過去に中国本土で大規模な代考詐欺が摘発され、ETSが試験方式の見直しを余儀なくされた経緯がある :contentReference[oaicite:5]{index=5}。しかし日本国内での摘発はまれであったため、今回の事件は対策強化の契機となる可能性が高い。
今回の逮捕は、IIBCが過去の試験で違和感を抱いた点を警視庁に通報し、現場潜入の捜査を依頼したことが背景にある。試験中に私服警察官が会場内に配置されるケースは極めて異例で、試験業界では「想定外の連携」として注目を集めた。今後は警察とIIBC、ETS間の情報共有体制が正式に構築される見通しだ。
不正対策として、IIBCは2025年度から受験票にICチップを内蔵し、試験会場の入退場時に読み取り機で本人照合を行うシステムを導入予定。また、顔認証カメラの設置や試験会場外での身分照会強化など、多層的な本人確認手続きが検討されている。
TOEICのスコアは企業の採用選考や大学の英語要件、資格取得要件など、幅広い場面で活用されている。今回の不正事件を受け、スコアの信頼性低下を懸念する声が企業や教育機関から上がっており、IIBCはスコア取消や再試験措置、被害者への補償などを含む包括的な対応方針を発表する予定だ。
近年、日本の大学院を志望する中国人留学生の数は急増しており、学位取得後の就職やキャリア形成を見据えたTOEICスコア取得が必須条件となるケースが多い。中国国内の学歴社会や競争激化を背景に、日本での高スコア取得を重視するあまり、不正を働く事例が散見されるようになってきた。
国内では民間英語試験市場が拡大し、TOEIC以外にもIELTSや英検CBTなど多彩な試験が提供されている。2024年度の民間英語試験受験者数は合計で約350万人に上り、市場規模は2000億円を超えると推計される。しかし市場の急成長に伴い、不正行為や不適切運営リスクも増大しており、業界全体でのガバナンス強化が急務となっている。
文部科学省は2023年、「大学入試英語成績提供システム」の廃止を決定し、英語資格・検定試験の活用に関するガイドラインを見直した背景には、不正リスクや公正確保の課題があった。政省協議を通じて、各種試験における不正対策の標準化や共通ルールの策定を進めており、TOEICを含む主要試験団体に対しても改善報告を求めている。
不正スコアのリスクを踏まえ、企業の採用担当者はTOEICスコアだけでなく、面接やグループディスカッション、実務課題を組み合わせた多元的評価を導入する動きが強まっている。これにより、英語能力の実践的検証や人柄・コミュニケーション力の見極めを図り、不正スコアによるミスマッチを防ぐ狙いがある。
大学や予備校ではTOEICスコア取得を前提としたカリキュラムが組まれがちだが、「取得スコア重視」の教育スタイルが英語学習の本質を損ねるとの指摘もある。教育研究者は「英語4技能の育成に重点を置き、学習プロセスを評価するフォルスフォーム評価やポートフォリオ評価の導入が必要」と提言。日本の英語教育改革と連動し、公正かつ実効性のある評価手法の確立が求められている。
EUや米国では、ICTを活用したオンライン試験監視(プロクタリング)や多要素認証技術を導入し、不正行為を抑制している。韓国では全国の語学試験会場に顔認証ゲートを設置し、本人以外の受験防止策を強化。これらの先進事例を参考に、日本の試験運営団体もAI監視カメラや生体認証技術の採用を検討している。
王立坤容疑者の逮捕は、TOEICをはじめとする検定試験の信頼性問題を浮き彫りにした。今後は試験団体、警察、教育機関、企業が連携し、本人確認強化、試験監督体制の見直し、受験システムのデジタル化による不正抑止策を進める必要がある。社会全体で「試験公平性」を守る取り組みが加速しなければ、資格試験ビジネスの持続可能性が危機にさらされるだろう。
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